キーを特定の範囲に収める理由

キーを特定の範囲に収める理由
キリバヤシ様
 
QactusCore Method、熟読しました。
先日のトークライブで聞いたことがよく理解できました。
「B7の1弦がミュートされる」の下りは、さすが現場の経験!と唸りました。)
 
一点だけ分からないところがあります。
 
Stage 2-2で、「通常のギター」と「Qactus装着時」の図までは理解できますが、なぜ「Qactus装着状態で構成音を探すために使用する、音程ガイド図」が必要になるのか理解できません。
 
この図を使って、実音を全音下げた表記にすることでキーADEの曲をキーGCDとみなす一方で、わざわざ《「歌詞&コード」のサイト上にある「キーを変える機能」を「-2」に設定》し、演奏する際に《GCDのキーに完全に頭の中を切り替えてギターを弾く》という、いわば「-2」と「+2」の「仮想の移調」をわざわざ行うのは何のためでしょう??
 
Stage 3aでも、【Qactusを2フレットに装着した状態で見た「Quactusと相性の良いキー」】の図で、キーGCDのダイアトニックコードが並べられていますが、キーADEのダイアトニックコードを基にして、「歌詞&コード」のオリジナルのコードの構成音を探せば一発でスッキリすると思うのですが。
 
(1弦、2弦を全音ダウンチューニングしたギターに2カポしたイメージから来ているような気もするのですが、QuactusCoreを作る上では、ADEのまま作業する方がシンプルだと思うのですが…)
 
 
…というメールを、長年のギター経験をお持ちのSさんからいただきました。
 
基本的にはビギナーにも理解できるように書いている本Blogですが、今日の案件はちょっとトリッキーなので、上記を読んでチンプンカンプンだという人は読まなくて大丈夫。
 
興味のある、理解可能な人たちのみ、ついてきてください。
 
 

楽曲キーをQactus向けの3種に絞る

 
Sさんには「Key of Aのダイアトニックを自然にイメージするスキル」があるのでそのような発想が違和感なく出てくる訳です。
なのでSさん、もしもQactusCoreを作る際はもちろんその発想で良いと思います。
 
 
“キー
 
 
一方、まだ音階さえ理解していない、且つ、Qactusでようやくギターが弾けるようになったばかりのビギナーにも何とかギリギリ理解できる可能性のあるマテリアルを目指して書かれた「QactusCoreメソッド」には、仮想(演奏する時の頭の中のキーのこと。以降すべて仮想上のコードという前提での話になります)のKey of Aを避ける(=GとCとDのキーに何が何でも収める)明確な理由があります。
 
まず、Aのキーにはセーハすべきコード、つまり開放弦が使えないコードが多く含まれています。
 
更に、Qactusでギター挫折克服を目指すビギナーにとっては、Key of A上のダイアトニックコード群はほぼ未知のものばかり。
 
もちろんKey of Aのみならず、扱う楽曲キーが増えれば増えるほど、Qactusでギターにリベンジしている渦中のビギナーは混乱するので、とにかくまずはQactusが取扱う3つのキーに合わせ、そこから取り組むようにして差し上げる必要がある訳です。
 
我々経験者から見たダイアトニックの小さな池は、彼らから見たら果てしない大海原なので、とにかく水たまりぐらいの範囲に絞って差し上げる必要がある、といった事情です。
 
【Qactus装着状態で「構成音を探す」ために使用する、音程ガイド図】を永久保存板としたのもそういった経緯で、つまりメソッドとはいえ音楽知識のない人たちが楽典に入りやすくするために極力ハードルを下げる工夫のひとつです。
 
“音程
 

高いハードルを下げ、アクティブ層を増やす

ご存知の通り、楽器挫折者救済合宿の社会的役割は、楽器店やスタジオ、CDショップ、劇場、コンサート、イベント会場、音楽情報サイト…などといったエンターテイメント関連の施設あるいはコンテンツ等から遠のいている「非アクティブ層」を再生させることだったり、新たに「アクティブ層」を生み出すことだったりするので、こういったことは時々起こり得るんです。
 
今回の案件も、一般の理論書から見たら少々非効率なことをやっているように見えるかも知れませんが、Qactusのターゲットがビギナーである以上、一般理論書の歩調でグイグイと突き進む訳にもいかない事情があります。
 
これまで楽器挫折者救済合宿にやってきた参加者のうち、楽典に興味のあるほんのわずかな人たちのほとんどは一般理論書を読んで挫折しているのですが、小さな水たまりの中で必要最低限のスキルをトレーニングできるような工夫をして差し上げると、難解な筈の音楽理論をスルスルっと理解し始めるんです。
 
いずれにせよ、人生の趣味として嗜む程度の音楽知識を得たいだけの社会人プレーヤーにとってはちょっと行き過ぎた学問ではあると思うので、楽器挫折者救済合宿がそういった人たちにマッチしたものにアレンジすることは、必要な人々にとって大きな助けになると思います。